先日、虎ノ門・麻布台エリアで新たなプロジェクトを発表した森ビル。アークヒルズ、六本木ヒルズ、虎ノ門ヒルズなど、東京を象徴する都市づくりを行ってきた経緯や街づくりやその中の住まいについてのお話を、ロングインタビューでお届けします。
お話を伺ったのは…
森ビル
住宅事業部 事業推進部 岡田さん(中央)、池田さん(右)
広報室 伊藤さん(左)
Q.これまでの街づくりのご実績について教えてください
A.伊藤さん
弊社の事業は60年ほど前、新橋・虎ノ門エリアでのオフィルビルの賃貸業からスタートしました。近代的なオフィスビルを供給し、日本の高度経済成長を支えるビジネス街をつくりあげることで、地域の価値を高め活性化することに努めていました。
転機となったのは、1986年のアークヒルズの誕生です。17年間の歳月をかけ、約300名の地元の方々との再開発により完成したアークヒルズは、それまで当社が手掛けていたオフィス単一用途ではなく、生活に必要な多様な都市機能が複合した「街」でした。その後の六本木ヒルズや虎ノ門ヒルズ等につながる「ヒルズ」の原点が、ここで完成しました。
当時の社会情勢はプラザ合意(1985年)などもあり、外資系企業が次々と日本に進出して来たタイミングでした。そういった中で、東京にどのような都市が必要なのかを根本から考え、外資系企業や外資ワーカーのニーズにも叶える街を作ったのが、アークヒルズだったんです。
アークヒルズで提案したのは、当時の海外諸都市では当たり前になっていた“職住近接”のライフスタイルです。当時の東京は、郊外の自宅から都心に働きに出て、また郊外に帰るというライフスタイルが一般的でしたが、アークヒルズでは働くオフィスのそばに住宅があり、かつ文化も緑も身近にある暮らしを実現しました。サントリーホールのような文化施設をつくったり、緑を多く配したり、人々が交流できるアーク・カラヤン広場をつくり様々なイベントを開催したりと、ただ住めればいいということではなく、快適に、豊かな時間を過ごせるという意味での“職住近接”のライフスタイルを、日本で形にしました。
Q.確かに、今でこそオフィスや住宅、文化施設の複合開発は増えてきましたが、アークヒルズ以前はほとんどありませんでしたね
A.伊藤さん
その後の森ビルの再開発としてみなさんがイメージされるのは、六本木ヒルズかと思います。
六本木ヒルズは、経済中心の都心に対するアンチテーゼとして、本当に豊かな都市にはもっと文化の要素が必要なんじゃないか、という考えでつくったものです。
アークヒルズでは“24時間複合型都市”をコンセプトとして、職住近接、グローバルスタンダード仕様のオフィス、都市と自然の共生などを実現しましたが、六本木ヒルズでは“文化都心”をコンセプトに都市づくりを行いました。それを象徴しているのが、森タワー最上部の森美術館です。
当時は文化をコンセプトに据える街づくりなど前例がなかったので、業界内では大変驚かれました。しかし、こうして2003年に誕生した六本木ヒルズは、17年を経た今でも来街者数は落ちておらず、人々を惹きつけ続けています。それは、17年の月日の中で“文化が身近にある暮らし”が親しまれ、愛されてきたという証だと思います。
Q.都市という目線で街づくりをされるからこそ、複合開発でなければならないのですね
A.伊藤さん
都市の未来を考えながら街づくりをしているとお話したんですけれども、私たちは世界の人・モノ・金・情報を惹きつけるような“磁力”を持った都市づくりをすることを通じて、東京を世界一の都市にしていきたいと考えています。ロンドン、ニューヨーク、パリや、はたまた力をつけてきているアジアの諸都市に劣らない“磁力”を持った都市づくりをすることが東京の未来への貢献であり、そのために有効な都市のあり方が「多用途が複合したコンパクトシティ」だったのです。
住む・働く・遊ぶ・学ぶ・憩うといった多用途が複合した街には、たくさんの人が惹きつけられ、多様な人が集うことによってアイデアが生まれ、共創する…というサイクルができます。そうして、そのエネルギーがまた人や企業を惹きつけ、多様な価値観や文化がさらに入ってくる。都市にはこのような“磁力”が必要であると考え、複合開発を行ってきました。
Q.森ビルさんがよく仰る“磁力”という言葉は、そういう意味なのですね
A.伊藤さん
そうですね、世界からいろんな人やモノを惹きつけるという意味で“磁力”と表現しています。日本経済のエンジンである東京に、世界からいろんな情報や人、企業を惹きつけるような“磁力”がないと、結果的に日本全体の元気が無くなってしまいます。魅力がある、というだけではなく都市間競争の中で戦っていけるような強い“磁力”をもった都市づくりが必要だと考えています。
Q.国際都市としての東京のあり方を、一つずつ実現してこられたのですね
A.池田さん
実は、オフィスビルのエントランスにスターバックスって今はよく見ると思うのですが、あれを最初にとり入れたのもア—クヒルズなんです。
Q.あのスタバですか!!
A.池田さん
導入当時は、オフィスエントランスからコーヒーの匂いがするのは何事だ、と驚かれたようですが、グローバルで見ると当たり前の光景だったんです。
出勤前に気分を切り替えるためのコーヒーなのかもしれないし、そこで誰かとコミュニケーションを楽しむためのコーヒー、はたまた帰る前に自分をリセットするためのコーヒーなのかもしれない。
森ビルは、世界の潮流を捉えながら、新しいことにもどんどんチャレンジしてきました。セキュリティを重視する外資系企業のニーズを受け、賃貸オフィスビルにセキュリティゲートを採用したのも、アークヒルズが日本で初めてなんです。テナントさんに育てられ、街も時代とともに成長しています。
Q.森ビルさんが手がけた街を機に変わっていったものといえば、六本木ヒルズによって「六本木=文化、アート」というイメージに変わりましたよね
A.伊藤さん
先程は森美術館について触れましたが、それ以外にもたくさんの取り組みをしていまして、そういったものがつながって、徐々に文化の街、アートの街として育ってきているのだと思います。
例えば、六本木ヒルズを歩くと街中にたくさんのアート作品に出会うと思います。森タワーの前に蜘蛛の「ママン」のオブジェがあったり、けやき坂通りにもパブリックアートをたくさん置いています。美術館に訪れるということだけではなく、日々の生活の中にアート作品があることによってアイデアが生まれるきっかけになったり、待ち合わせの目印や街のシンボルになったり、そういった役割を通して日常的にアート作品に触れられるという意味での“文化都心”、という試みでもあるのです。
六本木は繁華街、というイメージが昔はあったかと思います。六本木ヒルズが2003年に誕生して、その後2007年に国立新美術館ができて、東京ミッドタウンにサントリー美術館が移転してきて、文化が集積していきました。この3館は「六本木アート・トライアングル」という形でネットワークを結び、様々な試みを共に行っています。2009年からは、六本木の街を舞台にした一夜限りのアートイベント「六本木アートナイト」を年に1回開催しています*1。そういった、六本木ヒルズ単体に留まらないソフトを含めた試みを通して、文化の街というイメージが醸成されていっているのではないかと思います。
Q.六本木エリアのアートギャラリーにはまさしく日常の中のアートを意識されているところもあり、文化やアートがすっかり街に浸透していますよね。ここまでのことを実現できたのはなぜでしょう?
A.伊藤さん
例えば、経済合理性を考えればタワーの最上階はオフィスにするのが一番効率的ですが、そうではなく、敢えて美術館などの文化施設を据えることで都市に文化が必要なんだということを世の中に示してきました。青臭い感じになっちゃいますけど、情熱というか都市にまっすぐ向き合って都市づくりをすることは私たちの姿勢でもあって、それをしっかり具現化していく街づくりをずっと行ってきて、それが少しずつ伝わっていったのかなと。
A.池田さん
あとは、時間をかけている、ということもあると思います。我々の街はつくって終わりではなく、「都市を創り、都市を育む」ことを大事にしています。美術館もつくりますしストリートファニチャーも置きますが、これらをどう育てていくのかというタウンマネジメントを、出来たあともずっと考えています。森美術館は現代アートを扱う美術館ですが、隣接する「森アーツセンターギャラリー」ではポップカルチャーの展覧会を行ったり、時代を捉え、変化させたりチャレンジすることを惜しまないし、時間もかけています。
そういったひとつひとつの小さなアクションに共感してくださった、近隣に住まわれている方や働いている方、街に関わる人がコミュニティーを作っていってくれて、大きな広がりになっているのかなと思います。
Q.そういった思想を長い時間をかけて、かつ一貫して続けている、というのがすごいですね
A.池田さん
一貫しているとはいっても、例えば「六本木アートナイト」は10年やっていますけど、コンテンツは柔軟です。その時の旬なアーティストを迎えたり、デジタルアートを取り入れたり。逆にコミュニティーに根付いている盆踊りなど、定番なものは変わらず続けていったり。絶対これだよねと縛らず柔軟に考える一方で、森ビルらしい都市づくりの思想は一貫させています。
Q.毎年、今年はこれなんだという驚きがあるけど、やっぱり「らしさ」みたいなものは感じます
A.池田さん
「去年と同じことを繰り返しでやらない」、「森ビルらしさは忘れない」。その両方を社員1人1人が真剣に考えていて、1つ1つの取り組みを本気で考え抜いています。その部分は本当に、妥協しません。
Q.次なるプロジェクトとして、2023年には「虎ノ門・麻布台プロジェクト」がありますが、ここで森ビルさんとして提示されるものは何でしょうか
A.伊藤さん
これまでも常に「東京の未来、都市の未来」を提案し続けてきましたが、「虎ノ門・麻布台プロジェクト」ではコンセプトを“Modern Urban Village”と位置づけています。これは東京という都市のど真ん中で、国際都市の洗練性と村のような人々の親密性を兼ねそろえた街をつくりたい、という考えです。
その大きな柱となっているのが“Green”と“Wellness”です。森ビルはこれまでも「都市の本質はそこに生きる人にある」と考えてきましたが、今回のプロジェクトは、改めて人を中心に都市をつくるというところから考え始めました。テクノロジーがどんどん進化して、働き方や考え方、生き方までもが変わっていく中で、人間が人間らしく生きるために都市には何が必要なんだろうということをもう一度ゼロから考え直し、たどり着いたのが“Green”と“Wellness”でした。
従来の都市づくりと全く逆のアプローチをとっている点も特徴で、従来であればまず建物の計画を立てた上で、残ったところを緑化していきますが、このプロジェクトではまずはじめに人の流れや人が集まる場所を考え、街の中心に「緑」の広場を据えました。そこから広がるランドスケープを考えた上で、都市に必要な機能を備えた高層タワーを配置する。緑の広場の中で人々が働く、住むということを考えた街づくりになります。
また、これからの都市は、人々が心身ともに健康的に、社会の中で生き生きと暮らすことができる“Wellness”に答えるものでなくてはなりません。医療施設を核としてスパやフィットネス、レストランや広場、菜園なども1つのプログラムで結び、この街で住み、働くことの全てが“Wellness”につながる仕組みを考えています。
人々の営みがシームレスにつながり、街全体が学びの場にも、遊びの場にもなる。そんな新しいライフスタイルを提案していきたいと考えています。
Q.なぜ“村”というワードが出ているのか気になっていたのですが、コミュニティーの親密さとか人と人との結びつき、という部分から来ているんですね
A.伊藤さん
低層部のデザインは、イギリスのトーマス・ヘザウィックさんという建築家が手掛けていますが、人が街を歩いている時に、どういう風に自然と出会ったら楽しいんだろう、気持ちいいんだろうとすごく細かく緻密にシミュレーションしながら設計しています。
私たちは長年にわたり、“Vertical garden city”という都市づくりの手法にこだわってきました。これは細分化された土地をとりまとめて、都市の機能を上に積み上げ(高層化)、足元には緑豊かなオープンスペースを生み出す、という考え方です。「虎ノ門・麻布台プロジェクト」は、この“Vertical garden city”の集大成となるよう、世界中の建築家やデザイナー、クリエイターとディスカッションしながら考えています。
Q.虎ノ門ヒルズと距離的には近いものの、また別の“ヒルズ”になりそうです
A.伊藤さん
「虎ノ門ヒルズ」と「虎ノ門・麻布台プロジェクト」は、駅でいうと一つしか変わらないですよね。ただ、「虎ノ門ヒルズ」はもうすこしビジネスの色が強い、国際的なビジネス都市としていきましょうという考え方でつくっていて、近いように見えて全く違う都市を作っています。
同じ港区の中でもそれぞれ特性があるので、私たちは「ひとつとして同じヒルズはない」と考えています。そうやって、これまでお話してきたような考え方で街づくりをしていくことで、東京全体の“磁力”がより強くなればいいなと考えています。
「後編〜住まいづくり〜」に続く
*1:2011年は東日本大震災により中止